04.歪んでるもんですよ、みんな。

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窓辺に立った瞬間、これだ!と心が動きました。 それはある冬の昼下がり、知人に案内された古い長屋でのこと。薄暗い室内はまだふつうに人が住んでいるようで、箪笥や置物があり、それらを模様入りのガラス窓から射すやわらかな光が縁取っていました。
そこに佇んだ途端、ここがお店になったら……という立体的なイメージが湧いてきたのです。それは今までたくさんの物件を見てきた中で、初めての感覚でした。

「少し冷静になって考えます」と紹介者に伝え、一応その日は帰りました。しかし後から思えば、あのとき気持ちは既に走り始めていました。
車が入れないのはもちろん、通りがかる人さえもまずいない、細い細い路地の一番奥。お店としてはあまりというか、まったく不適に思われます。でも魅力的でした。なぜか居心地の良さがありました。

ぼくは一日中屋内にいるのが苦手です。しょっちゅう出歩いてばかりいます。
そんな自分が最も長く店にいる人になるのです。自ずと外を感じさせる光や音は、必須の要素でした。その点この長屋は路地裏ながらわりあい光に恵まれ、また繁華街から少し入っただけなのにとても静かでした。いや、正確には隣家の庭木や鉢植えに集まる鳥たちのおかげで相当に賑やかでしたが、もちろんそれは大歓迎です。 いろいろとマイナス面もあるけれど、それを覆うプラス面の多さでこの古家には代えがたい魅力がある。気持ちはますます膨らんでいきました。
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ただそれでも交渉を進める前に、どうしても確かめておかなければならないことがあります。端的に言って「この家は大丈夫なのか?」と。
素人は家を雰囲気で見てしまいます。それに気持ちがワーッと盛り上がっていると、欠点は余計に見過ごされがちです。
そこで知り合いの建築家に頼み、ざっと物件を見てもらうことにしました。

建築家は多忙の合間を縫い、なんとか夕暮れ前にと寒空の下をやって来てくれました。
着くなりさっそく、携帯電話の明かりを頼りに縁側の下を点検し始めます。なるほど、専門家はさすがに目の付けどころがちがう! 自分でも後に嫌というほど思い知るのですが、床下つまり地面からやってくる湿気は家の大敵。屋根などとちがって傷みが見えにくいこともあり、下手をすると致命傷になります。

続いていくつかの柱を押してみたり、叩いてみたり。
「わりとしっかりしてるね」
ぼくはその言葉にひとまずホッとしつつ、気になっていたことを訊いてみました。
「だいぶ傾いてませんか?ほら、柱がなんとなくまっすぐじゃないし…、こっちの襖は動かないし」
すると彼は事も無げに言いました。
「古い家はみーんな、大なり小なり傾いてるもんよ。軸組といって柱をホゾ等で組む構造なので、傾いたり捻れたりすることで接合部がかえって強くなったりもしてる。全体に歪みつつ安定してるわけ」

彼を駅まで送るころには、もう日も暮れてぐっと冷え込んできました。道々でも彼からは有意義なアドバイスと後押しをもらい、ぼくの気持ちは益々高まっていました。
「子供たちにクリスマス・プレゼントを買って帰らなきゃ」と笑いながら、彼はまた風のように帰って行きました。
(2007年5月)
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