14.巣づくりの本能

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我が古家には人間の他にも様々な住人が暮らしていたようです。
屋根裏から蜂の巣や得体の知れない糞が出て来るのは序の口で、鼠や蝙蝠の屍にはさすがにギョッとしました。また痕跡だけでなく、蟷螂や蜘蛛の子がゾロゾロと誕生する瞬間にも立ち会いました。
蟷螂は産まれたてから一応蟷螂の姿をしていて、まだちっちゃくて柔らかそうで、さっそく集まってきた蟻にあえなく引きずられてゆくものもいて……。そう、どうやって嗅ぎ付けるのか、気が付けば卵の周辺には蟻や蜘蛛や蜥蜴といった連中が早くも手ぐすね引いて待ち構えています。それはもう小さな野生の王国、まさにスペクタクル!

蜘蛛の誕生もまた神秘的でした。
最初は庇の裏や柱の窪みなど至るところにある、白い綿のような塊が何なのかよく分からなかったのです。それがある日、その中で虫眼鏡でないと見えないような紅い粒々がザワザワと動いているのを発見したのです。よーくよーく見つめると、それは一匹一匹が紛れもなく蜘蛛!
少し粘つく白糸の塊の中で、真紅の粒が無数に蠢く様はグロテスクでもあり、また妖艶でもありました。蛇足ですが、赤いから「赤ちゃん」か……と妙に納得したりもしました。
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次々と遭遇する生き物たちの生態を眺めていて、ぼくは不思議な気持ちになっていました。
例えば蜂の巣。ハニカムパターンと呼ばれるこの連続する六角形の構造体を、彼等は誰からも教わらずに本能的に作ることができるのです。いったいどうやって、機械も道具も使わずに正確な幾何学模様を作るのでしょう。蜘蛛の巣にしたって、自分の身体より何十倍も大きなあの年輪のように広がる美しい形を、一体どうやって設計するのか?

よく観察すると、蜘蛛の巣は必ず気流のある場所に張られています。しかも可能な限り風向に対して垂直に。どうすれば獲物を獲りやすいかという、彼等なりの「風水」があるのでしょう。生き物は自然をよく知っています。そしてたぶんそれは誰から教えられるものでもなく、主に遺伝子によって伝えられる本能なのです。

ふと、人間にもそれはあるかもしれないと気付きました。いや、あるはずです。必ずあります。
人間が「巣」を作り始めたころからの遥か遠い記憶が、誰しもきっと刻まれているはずです。快適と感じる家の大きさ、形、色、場所、仕様、向き。そういったものは知識と経験もさることながら、最終的には直感によって判断していると感じます。家作りを通して、それはより確かな思いになってきました。
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正確な図面を引くことはできなくても、例え時間はかかっても、現場でひとつひとつ判断しながら床を張ったり窓を作ったりしていると、いずれ自ずと家の形が現れてくるのです。それはまったく未知の世界というより、何か古の記憶を呼び覚ます作業だとも思えてきます。
家の周囲では、蜂も蜘蛛も蟷螂も蟻も、みなせっせと巣作りに励んでいます。生き物によっては、一生のほとんどを家作りに費やすものもいるでしょう。ふと思えば、人間もまたそうかもしれません。それが家作りそのものから、ローン返済という形に置き換わったとしても……
(2008年3月)